2006年01月17日

『雪の街にて』 連載第六回

 ウエイターが来て、私と彼のグラスに水を注ぎ足した。
「それで次の日になって、うちの墓参りへ行こうと思いました。祖父も含めて先祖の墓前に報告しなければと思って。墓までは普通だと歩いても、十五分くらいで行ける距離なんです。でも、その日、空は晴れてたんですが、まだ雪がたっぷり残ってて。午後になれば少し解けるかと思って、昼過ぎになって行ってみたんですが、駄目でしたね。街の外れの山の麓に菩提寺があって、そこから少し山道を登った所に墓があるんですが、寺まで行くのがやっとで、とても墓まで登れそうになかった。寺までの道も墓への山道も雪だらけで、おまけに凍ったままの所もあって普段みたいには歩けない。仕方なくその日は墓参りをあきらめて、寺の本堂でお参りしました。正月三日目の午後の寺はなぜか初詣の人もいなくて、静かでした。弱い日差しが本堂の畳に差し込んでいて、境内の竹林の影が風に揺れてました。誰もいないがらんとした本堂でこの風呂敷包みから旗を取り出して、寺のご本尊に向かって報告しました」
「それで去年の正月に帰郷した時には、墓参りしなかったんだね。そんなに大雪が残ってたら無理もない。できない訳だ」
「その次の日の四日に改めて行こうかとも思ったんですが、ちょうど仕事始めでしょう。どうしても銀行の支店はその日に訪ねたいと思ってたんで、墓参りにはどうしても行けなかった。で、銀行に行った時の話は……。まあ、手紙で送ったあの記事のとおりです」
 彼は再び苦笑しながら、いった。
「日本に還ってきてから三ヶ月かかって宮古へ帰郷して、菩提寺の本堂までたどり着いた後、七ヶ月半かかって去年の旧盆にやっと墓参りを果たしたって訳だ。本当に長かったんだね」
「ええ、まあ……。確かに寺の本堂から墓まで行くだけで、七ヶ月半もかかってますけどね」
 と彼がいい、私たちは笑った。
「そういえば、お盆に墓参りした時もまったく同じことを自分でいったんですよ」
「同じこと?」
「正月に帰郷した時と同じことを、墓前で。お疲れ様でした、って」
「ああ……」
「その時もそれまで何も考えてなかったのに、線香を墓にあげて手を合わせたら、自然に口から出てきたんです。何だか不思議で……。そうだ。実はちょっと、お願いがあるんですが」
 私は口へ運ぼうとしていたコーヒーカップを途中で止めた。
「お願い? 何だろう」
「今日、もし都合がよかったらでいいんですが、三田さんの父上の墓前にも報告したいと思ってきたんです。どうでしょうか?」
 思わぬ申し出だった。
「今日、これからかい? 私の都合は構わないけど。今、何時だろう」
 店の壁にかかった柱時計を見ると、針は三時を指そうとしていた。
「まだ三時か。いや、構わないよ。墓はこの近くの寺にあるんだ。ここから歩くと十五分くらいかな。でも、何だか済まないね。わざわざ来ていただいた上に、墓参りまでしてもらうなんて。父も喜ぶと思う」
「縁ですよ、これも。何かの縁……」
 彼の言葉を聞きながら、私は店の窓から外を見た。ここへ来た時は風花が少し舞う程度だったのに、いつのまにか小雪が散らついている。しかし、雲の切れ間のどこからか冬の午後の陽光が差し込み、長めの影を街並みに落としていた。
「ちょっと降ってるね。来た時は大丈夫だったのに。でも、日が差してきてるから、すぐ止むかも知れない。もう少しだけ待ってみて、行きましょう」
 私の提案に彼も頷いた。
posted by Yasuhiko Kambe at 13:24| 雪の街にて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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