2006年01月18日

『雪の街にて』 連載第七回

 店の時計が三時の鐘を打ち、物静かな店内に響いた。その余韻が消えてから、私は彼にいった。
「そういえば一昨年に飛行機の中で話した時、メールをやりとりしてるって、いってましたね。シドニーの退役軍人のかたと」
「ええ。ホワイトさんと」
「今でもやりとりを続けてるんですか? 旗を返してもらった後も」
「続けてます。といっても、そんなに頻繁じゃないですが……。あ。ついでに今のうち、もう一つだけお願いしてもいいですか?」
「何だろう、今度は」
 私は苦笑しながら尋ねた。彼は椅子の足元に置いていたバッグを取り上げて、中から書類の入ったクリアファイルを取り出した。
「そのメールなんですけどね、ちょっとわからないのがあって。確かこのファイルの中に、プリントした紙があるはずで……」
 といいながら、彼はファイルの中の書類をまるごと抜き出し、テーブルに置いて紙面をめくり始めた。その書類は、オーストラリアから送られた英文のメールやエアメールの手紙の数々だった。
「へえ、きちんととってるんだね。これ全部、シドニーからの?」
「ええ」
「そのメールが見つかるまで、他のをちょっと読んでも構わないかい。それとも、まずいかな」
 彼は手を止めて答えた。
「うーん、構わないでしょう。三田さんも、この旗の関係者なわけだし。いいですよ」
 私は彼がめくり終えた書類の中に、クリップで留められた水色の封筒と短い手紙があるのを見つけた。それを何気なく手にとり、英文でタイピングされた手紙の文面を読んでみた。

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

親愛なる恭博へ

 手紙、どうもありがとう。あの旗が然るべき所有者に返されてから、ちょうど一年になるのを思い出しました。
 私は、あの旗の返還が実現するまでに起きた様々な障害や体験を、これからも忘れることはないでしょう。しかし、古くから伝わるいい諺があります。それは、「終わり良ければ全て良し」です。
 あなたが良いクリスマスと新年を迎えられるよう、お祈りいたします。

                               ネヴィル・キャリー

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 手紙の最後には、差出人のサインが直筆でしたためられていた。
「これはミスター・キャリーからの手紙? 最初に旗を返そうと思った退役軍人の」
 彼は私が手にしている手紙を見て答えた。
「そうです。キャリーさんからのです。去年の秋、返還されて丸一年になったんで、改めて御礼の手紙を出したんです。キャリーさんはメールアドレスがないかたなので。その手紙は、その返事です」
「そうか。君もなかなか律儀だね。この返事の手紙も、短いけど気持ちが込もってる」
 彼は少し照れたように笑った後、紙面をめくる手を止めていった。
「ああ、見つかりました。これです。去年の春頃にもらった、ホワイトさんからのメールなんですけどね。済みませんが、ちょっと訳してもらえませんか。ネイティブな言い回しとかがあって、意味がよくわからない部分があって……」
 彼はそのメールが印刷された紙を私へ手渡した。私はそれを一旦最後まで目を通した後、彼に訳文を伝えた。
posted by Yasuhiko Kambe at 13:47| 雪の街にて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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