2007年10月14日

『雪の街にて』 連載最終回

 店を出て、私たちは父の墓へ向かった。江戸時代から続く古い町並みの外れに寺町があり、その一角にある古刹の墓地に父は眠っている。寺への道すがら花屋で手向けの花を買い、日の暮れる前に間に合うよう足を急いだ。寺へたどり着くと、本堂にいた寺の人から線香を分けてもらい、その後、雪化粧した墓に二人して手を合わせた。
 墓参りを終えて寺の山門を出ると、駅へ向かうバスが頻繁に通る繁華街まで歩いて行った。正月の街の中を歩きながら、彼がいった。
「去年の九月ですが、一昨年にシドニーへ行った時に最後の晩だけ泊めてもらったマクレガーさんから手紙が来ましてね。さっき喫茶店でお見せした束とは別に、家に保管してあるんですが。その手紙は、自宅の茶室で開く茶会の招待状だったんです」
「ほう。行ったんですか、それに」
「いや、行きませんでした。茶会は十一日にすると書いてあったんですが、手紙が届いたのは三日でした。その頃ちょうど忙しくて、すぐには読めなくて、次の日の晩になってようやく封を開いてみたんですが、ちょうどその一週間後でしょう。おまけにパスポートの期限も切れてて。それを更新して飛行機のチケットやビザを手配するのを考えたら、どうも間に合いそうになくて結局、行かずじまいでした。本当は行きたかったんですけどね」
「残念だな。でも一週間しかないんじゃ、ちょっときついな。仕方ないよ」
「で、断りの電話を入れたんです。返事の手紙を書いて出しても、茶会の日までに届かないとまずいと思って。それで、マクレガーさんと一年ぶりに話しました」
「英語で?」
「ええ。片言の英語で何とか話して、茶会に出席できないことを伝えました。その時の電話で、聞かれたことがあるんです。『あなたはあの本を書きましたか』って」
「あの本?」
「実はマクレガーさんの家に泊まった時、夕食をご馳走になりながら、いろんなことを話したんです。この旗のことや、自分の仕事のことも含めて。そしたら、『この旗のことをあなたが書いてみたら』といわれたんです。でも、その時は冗談半分でおっしゃったのかなと思ってた。それが一年経った後、電話で話していて、そのことを聞かれて。やっぱり本気でアドバイスしてくれてたんだと思いました。ただ、書くといっても自分の仕事とは畑もジャンルもまるで違うし、自分がやるなんて無理じゃないかって、不安とかあきらめが先に立って。でも、その電話の後、数日してマクレガーさんから小包が届いたんです。いや、実は先にもらった手紙の中に『後から別にケーキを送る』と書いてあったのが届いたんですよ」
「ほう。ケーキを……」
「旗の返還から一周年になったお祝いだといって、家で焼いたフルーツケーキを送ってくれたんです。その手作りのケーキを食べてたら、何だか胸が熱くなってきて、たまらない気持ちになって。まごころが伝わってきたっていうか……」
 通りかかった初売りの店の賑わいが、その時私たちを包んだ。が、足を進めると、それはすぐに遠のき、辺りは再び静かになった。
「遠い海の向かうで、期待して待ってる人がいる。それに気づいたら、やっぱりやってみようと思いました。少しずつ書き進めてるんですが、なかなか上手くまとまらなくて。でも、最後まで何とか書いてみようと思います」
 小脇に抱えた風呂敷包みに目をやりながら、彼はいった。私は足を止めて、彼に向き直った。
「それはいい。ぜひ、やってみるといい。それができるのは、あなたしかいないんだし」
 いつのまにか私たちはバスセンターのある交差点を過ぎて、中の橋まで来ていた。
「まとまったら、いつか読んでみたいな、それ。できあがったら、私にも教えてください」
「ええ。とにかくやってみます」
 彼は微笑みながら頷いた。
「結局、バスに乗らないでここまで来てしまったね。私の家はこの川沿いに歩いて行くんだ。駅へは、このまま道なりに行くといい。途中のバス停からバスに乗っても構わないし……。それじゃあ、私はここで。今日は本当に来てくれて、ありがとう。また会えてよかったよ。父の寄せ書きも見せてもらえたし」
「いいえ、こちらこそ。私も三田さんの墓前にご報告ができて、よかったです。今日は本当にありがとうございました」
 彼はそういって頭を下げ、私たちはそこで別れた。紺地の風呂敷包みを抱えて中の橋を渡って行く彼の後ろ姿を、私は見送った。
 それから私は、中津川沿いに続く細い路地を独り歩いて行った。さっきまで止んでいた雪が再び降り始め、清冽な川面に舞い落ちていた。
 ふと、私は彼の言葉を想い出した。
「身内の供養は身内にしかできない、か……」
 家へ戻ったら早速、旗の写真を家族に見せよう。暮れなずむ雪の街を歩きながら、そう思った。

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

附記
 シドニーへ戻って数ヶ月したある日、戸上氏から電子メールが届いた。メールには「あの旗の話をウェブページに公開したので、宜しければお時間のある時にでもご高覧ください」と書かれ、リンク先が掲載されていた。
 私は、そのリンク先をクリックしてみた。

●お知らせ(ブログ管理人)
『Life is circle--a finding across time and ocean(ライフ・イズ・サークル 〜時と海を越えた「忘れもの」〜)』は、以上で全編完結となります。皆様のご愛読に心から感謝申し上げます。
posted by Yasuhiko Kambe at 23:01| 雪の街にて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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